【戦国投信】信長も使っていた!?長い歴史から見る信託の起源とは

こんにちは!証券兄さんです。

信託は、お金の所有権を移転したいと思っている委託者が財産の名義を受託者に移し、受託者が委託者の目的に沿って財産を管理し、得られた利益を受益者にわたす仕組みです。現代では信託による資産活用、資産承継が注目を浴びていますが、信託にはとても長い歴史があるのです。

今回は、信託の長い歴史についてまとめていきたいと思います。

 

信長も信託を利用した?

 

 信託というスキームの起源には、3つの説があります。

 1つはローマ法を起源とする説です。紀元前2世紀ころのローマ法は、女性が相続を受ける権利を認めていませんでした。このため、この時代に妻や娘のために財産を残したい人は、信頼できる男性に財産をあらかじめ贈り、その男性から妻や娘へ再び譲渡する形で事実上、遺産を相続していました。

 2つ目は、ゲルマン法に起源を求める考えです。5世紀ころのゲルマン法では、相続人のないまま死亡した人の遺産は、国王のもとに残る決まりでした。遺産を国王に取られたくない人は、ザールマンと呼ばれる遺言執行者に財産を移し、没後1年以内に、委託者が指定する人に再度財産を移させていました。

 3つ目は、イギリス法を源泉とするものです。11世紀から13世紀ころ、十字軍や百年戦争に出征する兵士は、土地の管理を信頼する友人などに委ね、残される家族に財産をわたすよう依頼しました。また、信仰心から、修道会に土地を贈りたいと希望する人もいましたが、修道会が財産を保有することは禁じられていました。これを回避するため、修道会のために活用する約束のもと、修道会がある地域の町村に土地を譲渡しました。このような方法は、ラテン語の「(誰々)のために」が語源の「ユース」と名称を持っていました

 

 以上の3説のうち、信託は、イギリスの「ユース」が起源であるという考え方が通説です。日本では、1922年、信託法と信託業法の2つの法律が成立しました。この信託法は、イギリスの判例と学説をもとにして起草したと言われています。日本の信託制度は、ユースを承継したとも言えます。

 

 日本で「信託」という言葉が公に使われるようになったのは20世紀に入ってからです。しかし、ローマ法時代、ゲルマン法時代にも同様の制度があったように、信託に対する社会的ニーズとこれに応える制度は、日本にも古くから存在していました。

 16世紀末には、織田信長が、皇室を支援するために「信長信託」を繰り広げました。田畑から徴税した米を京都の町に預け、米を貸し付けて得た収益を皇室に納めさせたのです。

 このように、日本にも、信託というスキームを必要とする社会的ニーズが存在し、同様の制度が利用されてきたのです。

 

 現代の日本は信託の領域を広げています。たとえば教育資金贈与信託という仕組みがあります。これは、2013年の税制改正で導入された「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の非課税措置」を活用したもの。祖父母らが教育資金を銀行に信託することで、最高1,500万円まで非課税で孫などに贈与することが可能としています。

 信託制度は、長い歴史の中ではぐくまれた伝統ある制度です。今後、信託制度が、どのような発展を遂げて行くのか、どのような恩恵を受けられるのか要チェックですね。

 

あくまでご参考までに。

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